Let's Use ひきだすにほんご! ~Examples of use~
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スペインにあるマドリード・コンプルテンセ大学現代言語センターのB2.1レベル、9名のクラスで、「ひきだすにほんご」を使って自分の意見を日本語で表現する授業を行いました。授業については、グラナダ大学発行の言語教育雑誌 『Porta Linguarum』10号で、 “Conflictos interculturales en la lengua y la cultura japonesas. Prácticas en la docencia para encontrar soluciones en el aula.” (ISSN paper edition: 1697-7467, ISSN digital edition: 2695-8244) として論文にまとめました。今回のレポートは、その論文をもとに、日本語に書き下ろしたものです。
言語を学ぶことは文化を学ぶことであるとよく言われます。外国語の習得は個人のアイデンティティに影響を与え、物事を多角的に考え、コミュニケーションしていく能力、複言語・複文化能力を育み、個人の「私の言葉、私の文化」を豊かに成長させます。
本稿では、ビデオ「ひきだすにほんご」(2022年)を通して、自分の意見を日本語で表現する授業活動を紹介します。「ひきだすにほんご」は、日本語学習者の視点から自分の言語や文化と日本をつなぐ「仲介」という概念を取り上げて、異なる文化の間に立った時、それを解釈し、問題を解決するためにどんなコミュニケーション・ストラテジーが使えるかに重点を置いています。文化の仲介プロセスは肯定的な行為だけではなく、時には異文化間コンフリクトという形で表れ、それは個人のアイデンティティや性格に深い影響を及ぼす可能性もあります。何かトラブルが起きたとき、どのように考え、対処していったらいいのでしょうか。
今回の授業活動の目標として参考にしたのは、ヨーロッパの言語政策として参照されている『言語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠 新能力記述文を伴うCEFR随伴版』(Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment: Companion Volume with New Descriptors(CEFR/CV)です。
第四章の4.3「仲介」の中に、4.3.1.3.3 「微妙な状況や非合意の状況でのコミュニケーションの潤滑化」という下位項目があり、B2の参照枠をみてみると、次の文があります。
「関係者のそれぞれの立場をそれなりの正確さで説明して非合意の中心的問題を概観できる。」
これを参照したうえで、「日本語、日本の文化と自分のことば、文化をそれぞれの立場で考え、理解しながら、自分の意見を相手に伝えることができる」を授業活動の目標としました。
つまり、他者を理解するには、自分自身の視点を他者の視点に置き換え、状況の微妙な点や緊張、違いと向き合いながら、コミュニケーションを調整する必要があります。この到達目標に向けて、学習者はどのようなことに気づき、自分の複言語・複文化能力を伸ばしていくことができるのでしょうか。
授業活動は、マドリード・コンプルテンセ大学現代言語センターの2023年度の年間オンラインコースで行われ、B2.1レベルの9人の学生が参加しました。学生たちはほとんどが日本を訪れた経験がなかったので、この活動を通じてスペインと日本の文化的な違いや、異文化間コミュニケーションについて深く考える機会となりました。
ビデオを視聴する前に、学生たちは「日本人との間でコミュニケーションに問題が生じた場合、どのように対処するか」についてディスカッションを行いました。これにより、彼らは異文化間コンフリクトに対する自分の考えをイメージしながら、ビデオ視聴への準備を整えました。
「ひきだすにほんご」の第17話「反対意見も言い方しだい」では、過労で倒れた主人公に、上司がプロジェクトをやめて、仕事量を減らすように提案します。それに対して、主人公のスアンが自分の意志でプロジェクトを続けたいと主張する場面が描かれています。このエピソードでは、上司の意見を尊重しつつも、自分の考えを伝えるために「確かにそうかもしれませんが…」といった表現がストラテジーとして提案されています。
クラスでは、主人公が上司と話す直前のシーンでビデオを一旦停止し、学生たちがグループで「自分が主人公だったらどうするか」「上司とどう話すか」を議論しました。この段階では、自分の意見をはっきり、ストレートに言うと意見が多く出ました。
その後、視聴後、学生たちは次の質問についてグループで議論しました。
主人公が直面した問題は何か?
どのように問題を解決しようとしたか?
その解決方法において効果的だった点や不足していた点は何か?
自分だったら、どう言うか?
その後、グループで話し合ったことをクラス全員で異なるストラテジーや表現を共有、比較し、スペインと日本の文化の違いについて話し合いました。
学生たちは、日本文化の特異性とスペイン文化との違いをより深く考え、異文化間の誤解やコンフリクトをどのように解決するかを具体的に考えることで、コミュニケーションスキルや問題解決能力を向上させる機会を得ることができました。また、それは他者の立場や感情を理解し、共感する力を養うことでもあり、自分たちが「文化の仲介者」としてどのように行動すべきかを考え、異文化間の問題を乗り越えるための実践的な方法を考える機会になったようです。
以下に、授業活動後の宿題として学生A、B、Cが書いた意見を紹介します。(なお、この作文は自分の意見を正確に伝えるという点に重きを置いたため、彼らの母語スペイン語で書いてもらいました。ここでは翻訳アプリを使って翻訳したものに著者がわかりやすく修正を加えています。)3人の意見は、日本語、スペイン語の違いを分析し、日本文化とスペイン文化の間のコミュニケーションの違いを考察する中で、共通点を見出し、相手を尊重しつつ自分の考えを伝えるためのバランスを模索しています。これは、先に挙げた授業活動の到達目標「日本語、日本の文化と自分のことば、文化をそれぞれの立場で考え、理解したうえで、自分の意見を相手に伝えることができる。」を遂行する上の重要なプロセスだと思われます。
日本語はスペイン語と比較して、会話相手への配慮が非常に大きい言語だと感じます。話し方は礼儀正しく、同年代や同じ立場の人と話す場合でさえ、他人の意見に対する敬意を込めた表現を使います。このことは人間関係に良い影響を与えることもありますが、一方で、日本文化では礼儀や社会的規範を守ることが、自分の意見をそのまま伝えることよりも重視されることを示しています。
例えば、日本人が『ノー』と言えないという考え方はよく知られています。同じように、スペイン人は大きな声で話しすぎたり、話を遮ったりするといった印象もあります。良好な関係を築くためには、直接的なコミュニケーション(もちろん無礼にならない範囲で)が誤解を防ぐために重要だと考えます。
私の意見では、日本人のように相手の気持ちを考えつつも、スペイン人のように正直に自分の意見を伝えることを組み合わせれば、誰の感情も傷つけずに自分の本心を伝えることができ、より効果的で心地よい議論ができると思います。
『Hikidasu Nihongo(ひきだすにほんご)』のエピソードを見た後、私は日本語とスペイン語で意見の不一致を表現する方法には確かに違いがあると感じました。その違いには、状況や文化、そして個人の性格が影響していると思います。日本文化はその場の雰囲気への敬意を大切にし、日常生活では調和を重視するため、意見を述べる際にも他人を傷つけないよう努めます。一方で、スペインでは友人グループの中で異なる意見を直接表現することは珍しくありません。例えば、『この点については同意できない』や『私はこう思う』といった形でストレートに伝えることがあります。また、もっと間接的に言う場合でも『そうかもしれないけど…』と表現します。しかし、仕事のようなフォーマルな場面ではスペインでも間接的な表現を使うことが一般的です。例えば、『この点は確かにその通りですが、他の点も考慮する必要があると思います』といった具合です。個人的には、あまり直接的に反対意見を言うのは難しいと感じることがあります。他人を傷つけたくないと思う性格も影響していると思います。
他の人がすでに表明した意見と異なる意見を述べる際、日本人とスペイン人では行動の仕方が異なると思います。
日本人は、相手の感情を傷つけないことをより重視する傾向があり、そのことが言語にも反映されています(例:「すみません」「あの…」「ちょっと…」「そうかもしれませんが」など)。
一方で、スペイン人はその点にあまり関心を示さず、むしろ自分が同意していないことをはっきりさせることに重点を置きます。もちろん、これは会話のフォーマルさのレベルや話者の利害関係に大きく左右されます。例えば、仕事の研修会ではよく、「顧客からの苦情に対しては『おっしゃることは分かりますが…』『そうかもしれませんが、ただ…』と答えるように」と教えられます。つまり、相手に反論することが個人への攻撃だと受け取られないようにし、不快感を与えないようにするということです。このような方法は、あらゆる種類の交渉に応用できます。
しかし、そういった相手を不快にさせたくない状況(つまり、自分たちが相手の感情に配慮しているのではなく、利害が絡んでいる場合)以外では、スペイン人は一般的に、丁寧な表現を使わずに自分の意見を表現する傾向があります。この表現の仕方は、相手や話者の性格によってより短絡的であることもあります(例:「そうではない」「賛成できない」「まあ、私はこう思いますが」(ここでの「まあ」は軽視や否定的なニュアンスを含むことがあります)。このような話し方は友人や家族の間では特に普通ですが、職場環境や政治、テレビの中でもよく見られます。
もちろん、こうしたことは一般化すべきではありません。この問題は、話者がどれだけ積極的か、攻撃的か、内向的かなど、個々の性格にも大きく依存します。しかし、スペインでは、これらの丁寧な表現は言語そのものから生じるのではなく、それぞれの個人の教育や共感力によるものであると言えるでしょう。一方で、日本では、相手の感情を傷つけないように配慮することが、言語や文化全般に根付いていると言えます。
学生A、B、Cの意見(スペイン語オリジナル版)はこちら→ PDFへリンク
ヨーロッパ共通参照枠(CEFR/CV)では、多様な「仲介活動」が示されており、仲介のプロセスやそのストラテジーがさまざまな状況でどのように活用されるかが取り上げられています。言語を学ぶ学生たちは、自分自身がどのような仲介活動を行うことができるか、そして学んでいる言語を用いてどのように他者とコミュニケーションを取るべきかを常に意識することが重要です。「ひきだすにほんご」は日本という異文化の中で、日本文化をこよなく愛し、日本語でコミュニケーションを取ろうと試行錯誤するスアンに共感し、学習者が彼女に等身大の自分を投影することで、「文化の仲介者」として成長することができるビデオだと思います。今回は第17話を使った授業活動を紹介しましたが、24話の中には活動のアイディアがたくさん詰まっていて、学習者だけでなく教師もわくわくさせてくれるビデオです。「ひきだすにほんご」を使った授業活動を世界中の先生方と共有できたら素晴らしいのではと願っています。
(鈴木裕子/マドリード・
コンプルテンセ大学現代言語センター)
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